なぜ「知識の杜」をつくるのか
AIに聞けば、知りたいことの多くをすぐに教えてもらえる時代になりました。
分からない言葉を調べる。文章を書く。外国語を訳す。考えを整理する。
少し前まで時間をかけていたことが、驚くほど簡単にできるようになっています。
とても便利な時代です。
けれども、便利になればなるほど、私は一つのことを考えるようになりました。
「知識を得ること」と「自分で考えること」は、同じなのだろうか。
答えを知ることと、考えること
本を読んでいると、すぐには答えの出ない問いに出会うことがあります。
子どもが玩具に夢中になっている姿を見ていると、大人には思いつかない使い方を始めることがあります。
誰かと話しているうちに、自分では考えたことのなかった見方に気づくこともあります。
そこには、単に「正しい答えを知る」こととは違う面白さがあります。
私は、これからAIがさらに身近になる時代だからこそ、こうした自分で考える時間が大切になるのではないかと思っています。
「知識の杜」という名前
森には、さまざまな木があります。
大きな木もあれば、小さな草花もあります。一本だけを見れば別々の存在ですが、それらが集まることで一つの森になります。
知識も、それに少し似ているように思います。
本、教育、遊び、科学、AI、地域、仕事、人生。
一見すると別々のテーマでも、それらの間を歩いていると、思いがけないところで知識と知識がつながります。
そんな場所をつくりたい。
それが「知識の杜」という名前に込めた思いです。
過去の経験から学んだこと
以前、まだ日本ではほとんど知られていなかった「ウォーハンマー」というホビーを扱い始めたことがあります。
当時は、商品を並べただけでは売れませんでした。
そもそも「ウォーハンマーとは何なのか」を知っている人がほとんどいなかったからです。
そこで、すぐに販売を広げるのではなく、まず情報を伝えるWebサイトをつくりました。
遊び方や世界観を紹介し、少しずつ知ってもらう。
時間はかかりましたが、やがて興味を持つ人が増え、店を知っていただき、その後オンラインショップへとつながっていきました。
その経験から、私は一つのことを学びました。
商品を売る前に、その背景にある面白さを伝える。
「知識の杜」でも、この考え方を大切にしたいと思っています。
売るためだけの場所にはしたくない
将来、「知識の杜」では本や知育玩具などを扱うかもしれません。
けれども、商品を売ることだけを目的にはしたくありません。
なぜこの本を読むのか。
なぜ子どもにこの玩具を手渡したいのか。
AIの時代に、人は何を学べばいいのか。
大人になってから学び続けることには、どんな意味があるのか。
そんなことを、一つずつ考えていく場所にしたいと思っています。
Webで記事を読み、本を手に取り、玩具に触れ、誰かと話す。
その中から、それまで持っていなかった問いや考えが生まれる。
それが「知識の杜」の理想です。
考え続ける人のための、小さな知の森
このサイトでは、私自身も答えを持っていないことをたくさん取り上げていきます。
「教える人」と「教えられる人」に分かれるのではなく、一緒に考える。
子どもも大人も関係ありません。
何歳になっても、新しく知ることがあり、新しく考えることがあります。
知識の杜は、考え続ける人のための、小さな知の森です。
この森に少しずつ木を植えるように、これから記事を一本ずつ積み重ねていきたいと思います。
そして、ときどき立ち寄って、
「今日はこんなことを考えた」
と思っていただける場所に育てていけたらと思っています。
今日の問い
AIがすぐに答えを教えてくれる時代に、私たちが自分で考える意味は、どこにあるのでしょうか。